歴史
能生駅は1912年(大正元年)12月16日、信越線の名立駅から糸魚川駅までの延伸に伴い一般駅として開業した。1913年(大正2年)4月1日の線路名称改定により北陸本線所属となっている。地すべりや雪害が相次ぐ区間であったうえに線路容量が逼迫していたことから複線化新線が計画され、1969年(昭和44年)9月29日に約700メートル山側を通る新線へと駅が移転した。1975年(昭和50年)3月10日に貨物の取り扱いを廃止し、1987年(昭和62年)4月の国鉄分割民営化によりJR西日本に承継された。2015年(平成27年)3月14日の北陸新幹線・長野駅 - 金沢駅間延伸開業に伴い並行在来線が分離され、えちごトキめき鉄道へ移管された。
歴史は日本語版・英語版ウィキペディアより要約 · 最終確認 2026-06-09。
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備考
1961年10月1日のダイヤ改正で当駅は特急「白鳥」の運転停車駅とされたが、誤って客扱い時刻が掲出されたため、地元では「ミス能生」まで選出して浴衣姿で出迎えた。しかし白鳥はドアを開けずに発車してしまい、この騒動は「能生騒動」として語り継がれている。