歴史
丸の内停留場は、1913年(大正2年)9月1日に富山電気軌道の総曲輪停留場として開業した。1920年(大正9年)7月1日には富山市に譲渡され、富山市営軌道の停留場となった。1943年(昭和18年)1月1日に路線譲渡により富山地方鉄道の停留場となり、同年3月1日には電力制限に伴う全便急行運転に伴って休止された。1945年(昭和20年)8月2日には富山大空襲の戦災により路線が休止し、1949年(昭和24年)3月15日に富山駅前 - 旅篭町間復旧に伴い営業を再開した。1952年(昭和27年)8月5日に丸の内停留場に改称され、同日に安野屋線(丸の内 - 安野屋間)が開業した。1973年(昭和48年)3月31日に西町 - 旅篭町 - 丸の内間が廃止され、2009年(平成21年)12月23日に富山都心線丸の内 - 国際会議場前 - 西町間が開業した際にホームが富山駅前側に移設され、上屋が設けられた。
歴史は日本語版・英語版ウィキペディアより要約 · 最終確認 2026-05-22。
備考
丸の内停留場では、大学前停留場方面の2系統と環状線(3系統)電車の乗り換え時に、降車の際に料金を支払って乗り継ぎ券を受け取る運用が行われている。当停留場付近で軌道は大きくカーブしており、富山都心線開業に伴ってホームが富山駅前側に移設されたが、南富山駅前方面の新ホームは開業時点では使用されておらず、交差点を曲がる手前の旧来のホームが継続して使用されていた。