歴史
三柿野駅は1926年(大正15年)1月21日、各務原鉄道の補給部前駅(ほきゅうぶまええき)として、現在地より岐阜方400メートルの位置に終着駅として開業した。同年7月7日に各務野駅(かがみのえき・2代目)に改称(従来の「各務野駅」は「新那加駅」に改称)し、8月1日には各務原鉄道の延伸開業に伴い中間駅となった。1931年(昭和6年)6月27日には各務補給部前駅(かがみほきゅうぶまええき)に改称して現在地へ移転。1935年(昭和10年)3月28日に合併で名岐鉄道、同年8月1日の社名変更で名古屋鉄道の駅となり、同日航空廠前駅(こうくうしょうまええき)に改称。1938年(昭和13年)12月1日、防諜のため三柿野駅(みかきのえき)と改称された。1945年(昭和20年)6月22日の各務原空襲で駅舎が被災、1958年(昭和33年)には駐留軍側線が廃止された。2007年(平成19年)3月14日のトランパス導入に備えて駅舎を改築、2011年(平成23年)2月11日にICカード「manaca」の供用を開始。2024年(令和6年)4月13日には終日無人化された。駅番号はKG06。
歴史は日本語版・英語版ウィキペディアより要約 · 最終確認 2026-05-22。
備考
三柿野駅は川崎重工業航空宇宙システムカンパニー岐阜工場の最寄駅で、隣接する航空自衛隊岐阜基地で毎年秋に行われる航空祭の日には、通常は新鵜沼で折り返す快速特急・特急・ミュースカイ・急行・準急が当駅まで延長運転され、同イベントの重要な交通手段となっている。2005年(平成17年)4月1日の美濃町線・田神線廃止以前は、各務原線ホームに低床ホームの7番線(2両編成対応)も存在しており、現在は撤去のうえ留置線として使用されている。