歴史
沼久保駅は1929年(昭和4年)3月1日、富士身延鉄道の沼久保停留場として開設された。1938年10月1日に鉄道省が線路を借り上げた際、停留場から駅へ昇格、1941年5月1日に国有化されて国鉄身延線の駅となった。1987年の国鉄分割民営化でJR東海が継承。富士宮駅管理の無人駅で、ホーム上に木造の待合所があるのみである。
歴史は日本語版・英語版ウィキペディアより要約 · 最終確認 2026-06-09。
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備考
駅前には高浜虚子が当駅で詠んだ歌の歌碑二基と、虚子の弟子で旧国鉄下部駅長を務めた堤俳一佳の歌碑が建っており、ホームから望む富士山の眺めは紀行作家の宮脇俊三が「車窓の富士でいちばんよい」と評している。