歴史
坂本比叡山口駅は1927年(昭和2年)8月13日、琵琶湖鉄道汽船の松ノ馬場 - 当停留場間開通に伴い坂本駅として開業した。1929年(昭和4年)4月11日、琵琶湖鉄道汽船が京阪電気鉄道に吸収合併され同社の停留場となり、1930年(昭和5年)6月25日には当停留場から北に0.4 km伸びる未成区間の事業計画が廃止された。1943年(昭和18年)10月1日には戦時合併により京阪神急行電鉄(現・阪急電鉄)の停留場となり、1945年(昭和20年)3月31日には穴太 - 当駅間が金属供出のため単線化されている。1949年(昭和24年)12月1日に京阪神急行電鉄から分離し再び京阪電気鉄道の停留場となった。1997年(平成9年)9月30日に穴太 - 当駅間が再び複線化され、新駅舎の使用が開始された。2000年(平成12年)9月19日には第1回「近畿の駅百選」に選定。2007年(平成19年)4月1日にPiTaPa使用開始。2018年(平成30年)3月17日、比叡山観光の拠点であり叡山電鉄の八瀬比叡山口駅と対応させるため、坂本比叡山口駅に改称された。駅番号はOT21で、京阪全駅の中で最も北に位置する。
歴史は日本語版・英語版ウィキペディアより要約 · 最終確認 2026-05-22。
備考
1997年(平成9年)9月の駅舎使用開始時に再複線化が完了し、新駅舎のホーム端には1997年製作の軌条形態記念モニュメントが設置されている。改称前は単に「坂本駅」だった。