歴史
もたて山駅は1949年(昭和24年)、桜花発射基地用地の跡地に開かれていたキャンプ場へのアクセス駅として「裳立山遊園地駅」の名で開業した。キャンプ場はその後閉鎖されている。1974年1月15日に「もたて山駅」へ改称、坂本ケーブル(比叡山鉄道線)の山上側の中間駅となっている。あらかじめの申告や駅のインターホンからの連絡時のみ停車し、通常は通過する駅員無配置駅で、333‰の勾配上に板張りの簡素なホームと小さな上屋・ベンチがあるのみで、駅舎やトイレは設けられていない。
歴史は日本語版・英語版ウィキペディアより要約 · 最終確認 2026-05-18。
備考
駅から徒歩約10分の山道沿いには平安時代の歌人・紀貫之の墓があり、1912年に建てられた記念碑「裳立山之碑」が墓に隣接して残されている。