丸山

Maruyama (Mie)

丸山
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歴史

丸山駅は1922年(大正11年)7月18日、伊賀鉄道(旧)の上野町(現・上野市) - 名張(後の西名張)間延伸時に開業した。1926年(大正15年)12月19日に社名変更により伊賀電気鉄道、1929年(昭和4年)3月31日の会社合併で大阪電気軌道伊賀線、1931年(昭和6年)9月26日の路線譲渡で参宮急行電鉄、1941年(昭和16年)3月15日の合併で関西急行鉄道の駅となった。1944年(昭和19年)6月1日の戦時合併で関西急行鉄道が近畿日本鉄道(近鉄)に改組され、同社の駅となった。1945年(昭和20年)8月8日午前10時頃、当駅南方約150mの鉄橋上で上野市行き2両編成の列車が米軍機による機銃掃射を受け、女性車掌を含む12人が死亡、23人が重軽傷を負った。1973年(昭和48年)10月1日に貨物営業廃止、2000年(平成12年)3月15日に駅員無配置駅となった。2007年(平成19年)10月1日に伊賀線が近鉄より営業上分社化され伊賀鉄道(新)の駅となり、2020年(令和2年)11月18日に副駅名が「くノ一グラウンド前」となり、除幕式が行われた。

歴史は日本語版・英語版ウィキペディアより要約 · 最終確認 2026-05-22。

備考

丸山駅は島式ホーム1面2線を有し、行違い可能な地上駅で、無人駅。駅舎はホーム西側にあるが集改札は行われず、駅舎とホームは構内踏切により連絡する。ホーム有効長は2両分である。副駅名「くノ一グラウンド前」は、伊賀FCくノ一三重(女子サッカークラブ)の練習グラウンドに由来する。かつて駅北側にあった伊賀市立丸山中学校が2012年3月をもって閉校した跡地は、2014年4月から伊賀FCくノ一三重が伊賀市から無償で借り受け、クラブ全額負担で運動場全体を天然芝化した練習グラウンドとなっている。

出典

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