歴史
大阪市高速電気軌道(Osaka Metro)谷町線の阿倍野駅は、旧南海平野線阿倍野駅の代替駅として1980年(昭和55年)11月27日に開業した。当該地周辺の早期沿革は、1910年(明治43年)10月1日に南海鉄道(現・南海電気鉄道)上町線の電車運転が開始されたことに始まる。1914年(大正3年)4月26日には(旧)阪堺電気軌道平野線が開業し、1915年(大正4年)6月21日に(旧)阪堺電気軌道は南海鉄道に合併され南海鉄道平野線となった。1944年(昭和19年)6月1日には関西急行鉄道との会社合併で近畿日本鉄道の駅となり、1947年(昭和22年)6月1日に路線譲渡で南海電気鉄道の駅となった。1980年(昭和55年)11月27日には南海電気鉄道平野線がこの日限りで廃止されて上町線単独の駅に戻り、同日に大阪市営地下鉄谷町線の阿倍野駅が天王寺 - 八尾南間延伸に伴い開業、同年12月1日に上町線阿倍野駅が路線譲渡により阪堺電気軌道の駅となった。1987年(昭和62年)9月12日にあべのベルタ開業により天王寺駅前方面行きの電停が現在地に移転。2018年(平成30年)4月1日には大阪市交通局の民営化により、谷町線の所属事業者・管轄が大阪市高速電気軌道(Osaka Metro)に変更され、2025年(令和7年)11月27日には谷町線同駅に可動式ホーム柵が設置された。
歴史は日本語版・英語版ウィキペディアより要約 · 最終確認 2026-05-22。
備考
1929年(昭和4年)9月1日から1980年(昭和55年)11月27日まで上町線と平野線をつなぐ連絡線があり、1929年12月8日から平野線最終営業日の1980年11月27日まで、この連絡線を使用して天王寺駅前 - 平野間の電車が運行されていた(戦中・戦後の一時期は中止されていた)。阿倍野交差点北東角にある南西方向に向かって建てられたトラス構造の鉄柱は、その連絡線の架線柱として使われていたものであり、現在も上町線の架線を支える支柱として使用されている。支柱番号は上町線の饋電線を意味する「上 キ」となっている。