歴史
八丁堀停留場は1912年(大正元年)11月23日、広島電鉄本線および当停留場を起点とする白島線の開業に伴い設置された。両線とも軌道は広島城の外堀を埋め立てて造られた道路上に敷かれ、白島線の線路は現在より西側にあった。1945年(昭和20年)8月6日の原爆投下で広島電鉄の市内線は壊滅したが、本線は己斐方面から復旧が進み、同年9月7日に紙屋町 - 当停留場間、10月1日に当停留場 - 山口町間が運転を再開した。白島線は戦後新設の白島通り上へ軌道が移設され、1952年(昭和27年)6月10日に営業再開、当停留場の白島線ホームも同時に100メートル東へ移設された。1996年(平成8年)10月の駅番号制定で本線側に「M7」、白島線側に「W1」が付与され、2013年(平成25年)2月15日には9号線の運行が当停留場から江波まで延長、2025年(令和7年)8月3日に駅番号は「M05」に統一された。
歴史は日本語版・英語版ウィキペディアより要約 · 最終確認 2026-05-22。
備考
本線広島駅方面ホームのみが八丁堀に位置し、それ以外のホームは鉄砲町に位置する。