福島町

Fukushima-cho

歴史

福島町停留場は1912年(大正元年)12月8日、本線が己斐停留場まで全通した際に開設された。当時の軌道は今よりも北側、土橋方面から己斐までを一直線に結ぶように敷かれており、停留場も今より北側にあった。周囲は山手川と福島川という2本の河川に挟まれた土地で、本線はこの2河川を軌道専用橋にて渡っていた。1932年(昭和7年)から戦後にかけての太田川放水路造成工事で、山手川は拡幅されて放水路の流路となり、福島川は埋め立てられて廃川となり、それまでの軌道専用橋は廃止、代わって平和大通りと併用する新己斐橋が南側に新設された。1964年(昭和39年)9月1日に下り線、9月7日に上り線が新己斐橋経由の新線に移設され、当停留場も新線上の現在地に移転している。1945年(昭和20年)8月6日の原爆投下で休止し、8月9日に本線西天満町 - 己斐間が復旧。1996年(平成8年)10月に駅番号「M18」を付与、2025年(令和7年)8月3日にM17へ変更された。停留場から徒歩3分の距離には広島市西区役所があり、「西区役所前」の副名称がつけられている。

歴史は日本語版・英語版ウィキペディアより要約 · 最終確認 2026-05-25。

備考

福島町停留場の1964年以前の位置は、現在の本線とは別の場所にあり、太田川放水路造成工事のため山手川と福島川に架かっていた軌道専用橋が廃止され、停留場は平和大通り上の新己斐橋経由の新線へ移設された。

出典

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