歴史
胡町停留場は1912年(大正元年)11月23日、広島電鉄本線が広島駅前停留場から紙屋町停留場までの区間で開通したのと同日に「上流川町停留場」として開設された。その名は当時の町名に由来する。その後「流川町停留場」に改称され、1945年(昭和20年)8月6日の原爆投下で休止、10月1日に本線の八丁堀 - 山口町間が運行を再開した。1965年(昭和40年)4月1日、広島市内の町名変更で上流町が胡町へと変更されたことに伴い、同日に「胡町停留場」へ改称されている。1973-74年ごろには車両大型化に伴う延長工事、1988年からは上屋の取り付けが行われた。1996年(平成8年)10月に駅番号「M6」を付与、2025年(令和7年)8月3日にM04へ変更された。資料によっては停留場名を「流川」とし1960年3月30日に「流川町」へ改称したとする記述もあるが、それ以前から「流川町」とする資料もあり表記には揺れが見られる。
歴史は日本語版・英語版ウィキペディアより要約 · 最終確認 2026-05-25。
備考
胡町停留場と隣の八丁堀停留場の間は123メートルと至近距離に位置しており、停留場の南方には新天地・薬研堀通り・流川通りといった広島市の歓楽街が広がる。通常は無人駅だが、ひろしまフラワーフェスティバルやとうかさんの開催時には整理員が配置される。