的場町

Matoba-cho

歴史

的場町停留場は1912年(大正元年)11月23日、広島電鉄本線が広島駅前から紙屋町までの区間で開通したのと同日に開設された。比治山下方面の皆実線が開通したのは太平洋戦争下の1944年(昭和19年)12月27日のことで、当時軍事上の拠点であった広島港への輸送力増強のため敷設された。1945年(昭和20年)8月6日の原爆投下で休止、本線は10月11日に広島駅 - 山口町間が、皆実線は1948年(昭和23年)7月1日に運行を再開した。1982年(昭和57年)1月30日に皆実線のりばの比治山下寄りに渡り線が設置され、1996年(平成8年)10月の駅番号制定では本線側に「M3」、皆実線側に「H3」が付与された。2025年(令和7年)8月3日の駅前大橋ルート開業に伴い本線の広島駅 - 的場町間が廃止され、稲荷町 - 当停留場 - 比治山下間は循環線への切り替え工事のため一時休止となり、2026年(令和8年)3月28日に循環線の運行開始により営業を再開、駅番号も「L01」に変更された。

歴史は日本語版・英語版ウィキペディアより要約 · 最終確認 2026-05-25。

備考

2025年8月2日以前の的場町は、本線と皆実線が紙屋町寄りと比治山下寄りに別々に乗り場を構える4面4線の構造で、1955年(昭和30年)11月にはポイント操作を無人化するためのトロリーコンタクターも設置されていた。この構造は駅前大橋ルート関連工事の一環で2面2線の島式構造へと改修された。

出典

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