歴史
草津駅は1922年(大正11年)8月22日、広島電鉄の前身である広島瓦斯電軌が宮島線を己斐町から当駅まで2.8キロメートル余り開業させたのに合わせ、草津町駅として開業した。古くから軍港として利用された港町・草津には魚市場があり、海産物輸送の需要から早い時期から鉄道敷設の動きがあった。1924年(大正13年)4月6日に宮島線が当駅から廿日市町駅まで延伸。駅名が草津駅へ改称された時期は不詳であるが、1952年(昭和27年)から1954年(昭和29年)ころとされる。1971年(昭和46年)2月17日には駅舎が火災で焼失し、海産物輸送の廃止に伴い側線も撤去された。
歴史は日本語版・英語版ウィキペディアより要約 · 最終確認 2026-05-22。
備考
1971年(昭和46年)に焼失するまで、当駅には海産物輸送のための側線が設けられ、それに接するホームは市内線乗り入れ電車の乗降場も兼ねていたため低床車対応で、高床車対応の本線ホームとの間で床面が傾斜していた。