県病院前

Kenbyoin-mae

歴史

県病院前停留場は1935年(昭和10年)12月27日、宇品線の御幸橋東詰から宇品までの区間が宇品通りを通る新線に移設されたのと同時に「広陵中学前停留場(こうりょうちゅうがくまえていりゅうじょう)」として開設された。当時は停留場近くに旧制広陵中学校が存在していたためである。1948年(昭和23年)には広島市への原子爆弾投下により焼失した公立広島病院の後を継ぐ県立広島病院が当地に開院し、停留場名はこれを受けて「県病院前停留場」に改められている。2014年(平成26年)12月15日にはホームの改良工事が完了し、下りホームの上屋の延長と上下両ホームに設置されていた安全柵の交換がなされた。ホームは併用軌道上に低床式で2面、互いに南北方向にずれて配置されており、交差点の北側に広島港(宇品)方面の下りホーム、南側に皆実町六丁目方面の上りホームがある。ホーム長はいずれも3両・5両連接車に対応している。駅番号はU11。

歴史は日本語版・英語版ウィキペディアより要約 · 最終確認 2026-05-25。

備考

県病院前停留場から県病院方向に伸びる県道86号は、かつての海岸線・堤防に相当する。それ以南は明治時代以降の宇品港築港により造成された埋立地で、堤防があった名残として、当停留場から宇品方面に向けては路面が下っている。土手にはサクラの木が植えられて「桜の土手」と呼ばれ、戦時中の1945年6月には県道86号方向に「桜土手引込線」と呼ばれる留置線が敷かれ車両の疎開が行われた。

出典

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