歴史
広電五日市駅は1924年(大正13年)4月6日、宮島線の草津町駅から廿日市町駅までの区間が開通した際の中間駅の一つとして「五日市町駅(いつかいちまちえき)」として開業した。当初は駅の南に海老山(かいろうやま)があったことから「海老浜駅」と命名される予定だったが変更されている。1931年(昭和6年)2月1日に「電車五日市駅(でんしゃいつかいちえき)」、1961年(昭和36年)6月1日に国鉄(現・JR西日本)五日市駅と区別するために「広電五日市駅」と改称された。もとは200メートルほど西に離れた宮島線の踏切の西側にあり五日市駅とは隣接していなかったが、1987年(昭和62年)3月27日に五日市駅の駅舎建替えにあわせて東に250メートル移設、互いの駅が跨線橋(自由通路)によって連絡するようになった。同日、広電五日市駅の移設で駅間距離が長くなった隣の楽々園駅との間には佐伯区役所前駅が新設されている。2003年(平成15年)4月20日のダイヤ改正で当駅折り返し電車が廃止、2004年4月に定期券窓口での常備券取扱終了、2019年(平成31年)4月1日に広電西広島方面行きホームにエレベーター設置、2022年(令和4年)7月1日(広電宮島口方面行きホーム)と7月22日(広電西広島方面行きホーム)に平日ラッシュ時の集札係員配置をそれぞれ廃止している。駅番号はM27。
歴史は日本語版・英語版ウィキペディアより要約 · 最終確認 2026-05-25。
備考
広電五日市駅の下りホームの広電宮島口寄りには、かつて宮島線で運行されていた鉄道車両専用の高床ホームが残されている。1987年(昭和62年)の移設の際には南口の広場が整備され駅前にバスが乗り入れられるようになり、駅から国道2号をまたぐ歩道橋も新設されている。