歴史
宇品四丁目停留場は1935年(昭和10年)12月27日、宇品線の御幸橋東詰停留場(後の専売局前停留場)から宇品停留場までの区間が新線に移設された際に「七丁目停留場(ななちょうめていりゅうじょう)」として開設された。戦後、1960年(昭和35年)3月30日に「宇品七丁目停留場(うじなななちょうめていりゅうじょう)」と改称、1968年(昭和43年)9月1日に町名変更を受けて「宇品四丁目停留場」へと改称された。なお、当停留場が宇品四丁目と称するまでは隣の宇品五丁目停留場が同名(宇品四丁目)を称していた。1945年(昭和20年)8月6日の原爆投下で休止、8月18日に宇品線の電鉄前 - 向宇品口が複線で復旧している。ホームは併用軌道上に低床式で2面、互いに斜向かいに位置し、北に広島港(宇品)方面の下りホーム、南に皆実町六丁目方面の上りホームがある。いずれのホームとも3両・5両連接車に対応した長さをもっているが、上屋は単車の乗車口あたりにしかない。軌道が敷かれている宇品通りは幅員が狭小であるため、かつては安全地帯が設けられていない平面停留場であったが、同じく平面停留場であった宇品三丁目停留場でひき逃げ事故が起きたことにより整備が進められ、1994年(平成6年)8月末に安全地帯の設置が完了した。駅番号はU14。
歴史は日本語版・英語版ウィキペディアより要約 · 最終確認 2026-05-25。
備考
1968年(昭和43年)9月1日の町名変更以前は、現在の「宇品四丁目」は「宇品七丁目」と称し、現在の「宇品五丁目」が「宇品四丁目」と称しており、宇品町の町名整理によって停留場の名前が3丁目分まとめてずらされた格好になっている。