歴史
広電廿日市駅は1924年(大正13年)4月6日、宮島線が草津町から廿日市町までの区間で延伸開通した際の終点として「廿日市町駅(はつかいちまちえき)」として開業した。駅名は当初、近くの山に天満宮が祀られていたことから「天神下駅」と命名される予定であったが変更されている。翌1925年(大正14年)7月15日に当駅から地御前まで路線が延伸、宮島線が全通する1931年(昭和6年)2月1日に「電車廿日市駅(でんしゃはつかいちえき)」と改称された。太平洋戦争下の1944年(昭和19年)7月21日、皆実線敷設のため当駅から電車宮島駅までの区間で下り線のレールが撤去され、当駅以西が単線となった。線路は戦後の1950年(昭和25年)7月24日に複線へと戻された。1961年(昭和36年)6月1日には国鉄(当時)廿日市駅と区別するため「広電廿日市駅」に改称された。1981年(昭和56年)1月31日にホームを改良、1988年(昭和63年)5月15日に朝ラッシュ時を除き無人駅となり、1999年(平成11年)8月17日に朝ラッシュ時の折り返し電車設定を廃止、2005年(平成17年)12月1日に定期券窓口を閉鎖、2009年(平成21年)10月26日のダイヤ改正で朝ラッシュ時の折り返し電車が再設定された。2012年(平成24年)には駅前の整備事業に伴い、開業以来88年間使用されてきた板張りと漆喰の壁・黒瓦の屋根を備えた木造平屋の駅舎(広島電鉄で最後まで残された木造駅舎)が解体され、9月8日にさよならイベントが開催された。2013年(平成25年)8月には駅南側にロータリーが完成、ホームは約50メートル東に移されて新たに待合室(鉄骨平屋、廿日市市内産杉材使用)が設けられた。2022年(令和4年)3月22日には広島駅前発広電宮島口駅行きの終電が当駅までに短縮されている。駅番号はM31。
歴史は日本語版・英語版ウィキペディアより要約 · 最終確認 2026-06-09。
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備考
広電廿日市駅の上りホーム裏には広島電鉄の廿日市変電所がある。同変電所はもともと駅の北側、広電西広島方向に150メートルほどの線路沿いにあり(煉瓦造、1922年開設)、1945年(昭和20年)8月6日に広島へ原爆が投下された際、爆心地から15キロメートルほど離れた郊外にあって大きな被害を受けず、ここからの送電によって市内電車は被爆から3日後には一部区間で運転を再開できた。煉瓦造の旧変電所は2009年(平成21年)に解体され、跡地は駐車場となっている。上りホーム裏の新しい変電所は2008年(平成20年)3月から稼働を開始している。