歴史
五条駅は1896年(明治29年)10月25日、南和鉄道が葛駅(現・吉野口駅)から当駅を経て二見駅(のちの川端駅)までを開通させたのと同時に開業した。1898年(明治31年)4月11日には紀和鉄道が当駅から橋本駅までを開業し、当駅は南和鉄道と紀和鉄道の境界駅となった。1904年(明治37年)8月27日に関西鉄道が紀和鉄道を、同年12月9日に南和鉄道を買収し、1907年(明治40年)10月1日には関西鉄道の国有化により帝国鉄道庁の駅となった。1909年(明治42年)10月12日の線路名称制定で和歌山線所属となった。1980年(昭和55年)3月3日に王寺駅から当駅までがシンプルカテナリー方式で電化され、当駅は電化・非電化区間の境界駅となった。1984年(昭和59年)10月1日に当駅から和歌山駅までも電化されている。1987年(昭和62年)4月1日の国鉄分割民営化によりJR西日本の駅となり、2018年(平成30年)3月17日に高田方面でICOCAが利用可能となり、2020年(令和2年)3月14日には和歌山方面でも利用可能となった。2024年(令和6年)8月31日にみどりの窓口の営業を終了している。
歴史は日本語版・英語版ウィキペディアより要約 · 最終確認 2026-05-22。
備考
戦前には木材輸送のため当駅から現・紀勢本線の新宮駅までを鉄道で結ぶ五新線(のちの阪本線)の計画があったが、モータリゼーションの影響などで実現しなかった。当駅南西1km程の所には、五新線の遺構として和歌山線との分岐点から国道24号、吉野川までのアーチ橋が残っている。