歴史
山口線開通前の1908年から1913年には、大日本軌道山口支社の軽便鉄道が小郡駅 - 当駅間を結んでいた。当駅は1913年(大正2年)2月20日、鉄道院山口線の終着駅として開設された。当時、佐賀県杵島郡山口村にも「山口駅」が存在していたため、同駅を「肥前山口駅」に改称して重複を避けている(2022年9月23日に江北駅へ再改称)。1917年(大正6年)7月1日に山口線当駅 - 篠目駅間が延伸され途中駅となった。1968年(昭和43年)5月1日の住居表示実施に伴い所在地表記が山口市惣太夫町となり、1974年(昭和49年)4月1日にみどりの窓口の営業を開始、1978年(昭和53年)4月10日に現駅舎が完成した。1984年(昭和59年)1月1日に貨物取扱、1986年(昭和61年)4月1日に荷物取扱が廃止され、1987年(昭和62年)4月1日の国鉄分割民営化でJR西日本の駅となった。2021年(令和3年)11月30日にみどりの窓口の営業を終了、翌12月1日にみどりの券売機プラスが導入された。2022年(令和4年)6月に新山口管理駅長直轄となり当駅駅長が廃止、2023年(令和5年)4月1日には山口線新山口方面でICOCAの一部サービスが利用可能となっている。
歴史は日本語版・英語版ウィキペディアより要約 · 最終確認 2026-05-22。
備考
山口駅は山口県・山口市の代表駅という扱いになっているが、都道府県庁所在地のJR代表駅としては乗降人員数が最も少なく、また地方交通線上に存在する唯一の県の代表駅である。山口県内外の広範囲連絡輸送の要として実質的に機能しているのは山陽新幹線・山陽本線・宇部線と接続する新山口駅となっている。