赤池

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赤池
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歴史

赤池駅は1904年(明治37年)4月1日、九州鉄道(貨)赤池駅(1937年6月1日、赤池炭坑駅に改称)への貨物支線の分岐点として設置された。1907年(明治40年)7月1日の九州鉄道国有化により官設鉄道に移管。1910年(明治43年)8月18日に赤池信号所、1911年(明治44年)2月1日に赤池聯絡所、1922年(大正11年)4月1日に赤池信号場と改称し、1937年(昭和12年)6月25日に旅客駅へ昇格し赤池駅となった。1955年(昭和30年)7月15日に貨物扱いを開始、1965年(昭和40年)2月1日に貨物扱いを廃止、1978年(昭和53年)3月31日に赤池炭坑駅への貨物支線を廃止。1984年(昭和59年)2月1日に駅員無配置駅となり、1987年(昭和62年)4月1日の国鉄分割民営化によりJR九州に承継、1989年(平成元年)10月1日に平成筑豊鉄道へ転換された。2017年(平成29年)6月、原田眼科がネーミングライツを取得し、現在は「原田眼科赤池駅」の副称が付く。

歴史は日本語版・英語版ウィキペディアより要約 · 最終確認 2026-05-22。

備考

九州鉄道の前身である筑豊興業鉄道がこの路線を敷設する際、当初はこの赤池までの「赤池支線」とする予定だった。しかし当時、この地は伊田町や後藤寺町、糸田町などから川を通じて石炭を運んでくる中継点であり、川岸の料理屋もその船頭たちで賑わっていたため、駅の設置に対して船頭や料理屋が猛反対した。そのため筑豊興業鉄道は赤池に駅を造らず、その先の金田まで線路を延ばし金田駅を設置した結果、金田町に新炭鉱もでき町が賑わうようになった。「赤池町史」にはこの出来事が赤池町の発展を阻害したとして綴られている。

出典

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