歴史
繁藤駅は1930年(昭和5年)6月21日、土佐山田駅 - 角茂谷駅間の開業に伴い天坪駅(あまつぼえき)として開設された。1958年に駅周辺の小字が変更されたため、1963年10月1日に繁藤駅へ改称された。1970年10月に駅員無配置駅となり簡易委託となった。1972年7月5日には昭和47年7月豪雨により駅前の山が地すべり性崩壊を起こし、死者60名を出す「繁藤災害」が発生し、土讃線は復旧まで23日を要した。1987年4月の国鉄分割民営化でJR四国の駅となり、2009年春に簡易委託も終了して完全無人化された。駅番号はD35で、JR四国の駅の中で最も高い標高347 mに位置する。
歴史は日本語版・英語版ウィキペディアより要約 · 最終確認 2026-05-22。
備考
標高347 mに位置し、JR四国の駅の中では最も標高の高い駅で、当駅から高知方面に向けて土讃線は一気に下っていく。