歴史
領石通停留場は1910年(明治43年)12月4日、とさでん交通の前身土佐電気鉄道が鹿児停留場から大津停留場までの区間を開通させた際に開業した。大津停留場は当停留場から0.4 km東に位置していた停留場で、開通と同時に開業し、当時ははりまや橋方面から開通してきた路線の終点だった。翌1911年(明治44年)1月に後免中町通停留場まで路線が延伸されて途中駅となり、大津停留場は1912年(明治45年・大正元年)以降に廃止されたとされる。1984年(昭和59年)11月1日には渡り線を新設し、高知市内からの折り返し運転が開始された。2003年(平成15年)には舟入川の護岸工事と道路拡幅に伴い後免線の軌道を新線へ切り替え、当停留場もはりまや橋方面のりばが6月21日、後免町方面のりばが7月5日に移設されて現在の位置になった。2014年(平成26年)10月1日、土佐電気鉄道と高知県交通・土佐電ドリームサービスの経営統合により当停留場はとさでん交通へ承継。「大津領石通」の案内が用いられることもある。
歴史は日本語版・英語版ウィキペディアより要約 · 最終確認 2026-05-25。
備考
停留場名にある「領石」は根曳峠の登り口にあたる南国市の地名で、当地から北へ伸びる旧街道を進むと領石に至る。当停留場の0.4 km東にはかつて「大津停留場」が存在し、これが1910年の開業時に後免線の暫定終点だった。