歴史
堀詰停留場は1904年(明治37年)5月2日、とさでん交通の前身土佐電気鉄道(初代)が本町線(堀詰 - 乗出間、のちの伊野線)と潮江線(梅の辻 - 桟橋間)の2路線で路面電車営業を開始した際に開業した、ネットワーク最古の停留場である。当時は本町線の起点で、1906年(明治39年)4月6日に潮江線(同日桟橋線へ改称)が梅の辻から堀詰まで延伸して接続停留場となり、1908年(明治41年)10月31日には堀詰からはりまや橋を経て下知(現・宝永町)に至る路線が開通し、3方向の路線が集結するターミナルとなった。しかし1928年(昭和3年)に江ノ口線(現・駅前線)と桟橋線のはりまや橋 - 潮江橋北詰間が相次いで開業すると、4方向の路線が集結するターミナルははりまや橋停留場に移り、堀詰から潮江橋北詰へ伸びていた桟橋線の旧線は廃止された。以後は伊野線内の一停留場として現在に至っている。1977年(昭和52年)6月20日に下り伊野方面行きホームが約40m伊野寄りへ移設された。2014年(平成26年)10月1日、土佐電気鉄道と高知県交通・土佐電ドリームサービスの経営統合により発足したとさでん交通の停留場となった。
歴史は日本語版・英語版ウィキペディアより要約 · 最終確認 2026-05-25。
備考
堀詰停留場は1908年(明治41年)から1928年(昭和3年)まで20年間、3方向の路線が集結する高知の路面電車ターミナルだった。1928年にはりまや橋停留場へ4路線が集結するようになりターミナルの地位を失い、旧来の堀詰 - 潮江橋北詰間の桟橋線も廃止された。