歴史
宝永町停留場は1908年(明治41年)10月31日、伊野線の堀詰停留場からはりまや橋を経て後免線の路線が開通した際に下知停留場(しもぢていりゅうじょう)として開業した、当時の路線の東の終点であった。翌1909年(明治42年)10月30日には葛島橋西詰までの開通に伴い途中駅となった。1938年(昭和13年)2月1日に宝永町停留場へ改称、1943年(昭和18年)1月16日に休止、1952年(昭和27年)7月1日に再開。2014年(平成26年)10月1日、土佐電気鉄道と高知県交通・土佐電ドリームサービスの経営統合により発足したとさでん交通の停留場となった。
歴史は日本語版・英語版ウィキペディアより要約 · 最終確認 2026-05-25。
備考
「宝永町」の名は1707年(宝永4年)の宝永地震を機に造成された「宝永堤」に由来する。