知寄町

Chiyorichō

歴史

知寄町停留場は1957年(昭和32年)4月21日、知寄町車庫の完成と同時に土佐電気鉄道の知寄町車庫前停留場として開業した。知寄町車庫は当停留場北側の車両基地と南側のバス車庫からなり、宝永町停留場南側にあった下知車庫に代わって稼働を開始した。最盛期の知寄町には車庫のほか土佐電気鉄道本社、1962年(昭和37年)8月24日に新設された東雲町車両工場など多くの現業機関が集積し、土電の心臓部を担っていた。これらの施設は1987年(昭和62年)12月1日に桟橋地区へ移転し、当停留場は同日「知寄町停留場」へ改称された。1996年(平成8年)3月11日には後免町方面ホームが後免町方向へ約20m移設、2002年(平成14年)9月には駅長業務が廃止され無人化された。2014年(平成26年)10月1日、土佐電気鉄道と高知県交通・土佐電ドリームサービスの経営統合により発足したとさでん交通の停留場となった。

歴史は日本語版・英語版ウィキペディアより要約 · 最終確認 2026-05-25。

備考

1957年から1987年までの30年間、当停留場の周辺には知寄町車庫、東雲町車両工場、土佐電気鉄道本社、バス車庫が集積し、当停留場は単なる旅客停留場ではなく土電の心臓部だった。1987年12月1日に施設が桟橋地区へ移転すると同時に「知寄町車庫前」から現名称へ改称された。

出典

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