咥内

Kōnai

歴史

咥内停留場は1907年(明治40年)9月16日、伊野線が鏡川橋停留場から当停留場まで延伸された際に開業した。咥内より先、伊野方面については咥内坂を越える必要があったため、ひとまず坂を越えた先の枝川から伊野までの区間を先に開通させ、咥内 - 枝川間は翌1908年(明治41年)2月20日に開通した。これにより伊野線は全通を達成した。当時、伊野線の軌道は坂越えにあたって急勾配を避けるため、咥内停留場を出て土讃線のガード下をくぐった後カーブして、並走する道路の下をトンネルにて抜けていた。しかしトンネルが狭くカーブしていたためボギー車が通行できず、坂越えの区間は線内のボトルネックとなっていた。このトンネルは1960年(昭和35年)9月30日に撤去され、あわせて坂の前後3キロメートルの区間で道路と軌道の改良工事が行われ、軌道は新線に移設され道路の北を並走するようになった。2014年(平成26年)10月1日、土佐電気鉄道と高知県交通・土佐電ドリームサービスの経営統合により発足したとさでん交通の停留場となった。当停留場と隣の宇治団地前停留場との距離はとさでん交通で最長の892メートルで、その間で咥内坂を越える。

歴史は日本語版・英語版ウィキペディアより要約 · 最終確認 2026-05-25。

備考

咥内停留場は高知市といの町の境界をなす咥内坂のたもとに位置する。1907年の開業から1960年(昭和35年)までは、咥内坂を越える伊野線の軌道は道路下の狭い曲線トンネルを抜けていた。トンネルはボギー車が通行できないほど狭く、線内最大のボトルネックだったが、1960年9月30日にトンネルが撤去され軌道は道路に並走する新線へ切り替えられた。

出典

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