平和公園

Heiwa-kōen Station

歴史

平和公園停留場は1933年(昭和8年)12月25日、本線の延伸に合わせて松山町停留場として開業した。1945年(昭和20年)8月9日には原爆投下により全線不通。当停留場は爆心地に最も近い停留場であり、浜口町 - 大橋間は被害が最も大きい区間であった。1947年(昭和22年)5月16日に復旧し、1961年(昭和36年)にはホーム構造を360形に合わせて改修。2000年(平成12年)2月19日には停留場が改築され、上屋がトタン屋根からシェルター式に改められた。2018年(平成30年)8月1日には沿線の観光地名を冠した平和公園停留場へ改称された。停留場番号は19。

歴史は日本語版・英語版ウィキペディアより要約 · 最終確認 2026-06-09。

備考

8月9日の平和祈念式典の際には混雑緩和のため停留場に改札係が配置されて運賃収受にあたり、通常の乗車扉からも降車可能となる。

出典

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