歴史
原爆資料館停留場は1920年(大正9年)7月9日、本線の路線延伸に合わせて浜口停留場として開業した。その後浜口町停留場に改称、1945年(昭和20年)8月9日の原爆投下により全線不通となる。当停留場を含む区間が復旧したのは1947年(昭和22年)で、このとき浦上駅前 - 当停留場間は都市計画に基づいて直線で結ばれ、旧線は廃止された。1990年(平成2年)には停留場すぐ脇に長崎西洋館が開館し、本線軌道が建物内を貫通する特異な景観が生まれた。2006年(平成18年)10月15日には長崎電気軌道で初めて構内軌道に芝生が植えられた。2018年(平成30年)8月1日には原爆資料館停留場へ改称された。停留場番号は20。
歴史は日本語版・英語版ウィキペディアより要約 · 最終確認 2026-05-25。
備考
隣の平和公園停留場との間で本線の軌道は建物(西洋館トンネル)の中をくぐり抜けるが、長崎西洋館は2023年5月31日に閉館した。建物を取り壊す場合でも安全運行の維持が前提となるとされている。