歴史
当停留場は1915年(大正4年)11月16日、長崎電気軌道の第1期線開通と同日に「稲佐橋通停留場」として開業した。当時の路線は長崎本線と並走しており、停留場は本線の踏切に並ぶ位置に置かれていた(踏切は1965年に立体交差化)。1957年(昭和32年)12月19日には戦後の都市計画で新設された国道206号上へ軌道が移設され、旧線上の停留場は廃止、新線上に移設のうえ「船蔵町停留場」と改称された。1966年(昭和41年)9月20日に「宝町停留場」へ改称、1968年(昭和43年)1月20日には八千代町寄りに0.1km移設された。1999年(平成11年)3月25日には停留場付近の架線柱がセンターポール化されたのに合わせて改築され、上屋取り換え・ホームかさ上げ・延長が実施された。2024年(令和6年)10月1日には、長崎スタジアムシティが開業したのに合わせ、運営会社のリージョナルクリエーション長崎と結んだパートナーシップに基づき「スタジアムシティサウス停留場」に改称された。この名称変更は命名権によるもので、『鉄道要覧』記載の停留場名も改められたが、現地の案内表示では「宝町」の名称も一部併記されている。停留場番号は25。
歴史は日本語版・英語版ウィキペディアより要約 · 最終確認 2026-05-22。
備考
当停留場は長崎港対岸の地域へ向かうバス路線との乗り換え地点であり、三菱重工関連の工場へ向かう通勤客も当停留場で乗り換えを行う。バリアフリー対応のため各所で歩道橋が撤去される中、当停留場には横断歩道橋が今も併設されており、利便性ではやや劣るとされる。停留場の開業より変電所(船蔵町変電所)が近くに設けられていたが、老朽化により1968年(昭和43年)に長崎駅寄りの天神町変電所に取って代わられ、その変電所も老朽化のため2015年(平成27年)に廃止されて新たに御船蔵町変電所が開設された。