朝日通

Asahidori

歴史

朝日通停留場は1914年(大正3年)10月3日、鹿児島電気軌道により設置された。1928年(昭和3年)7月1日に鹿児島市電気局へ、1933年(昭和8年)1月26日に鹿児島市交通課へ、1952年(昭和27年)10月1日に鹿児島市交通局へと管轄が移った。戦前は当駅より分岐して上町線が運行されていたが、戦災により運行が休止となり、戦後に市役所前停留場から分岐する形に変更された。戦前の分岐レール跡はラッシュ時の当停留場折り返し用の引込み線として残されていたが、後に撤去された。停留場名の朝日通り(国道58号)は、鹿児島朝日新聞(南日本新聞の前身の一つ)の社屋が戦前にあったことに由来する。

歴史は日本語版・英語版ウィキペディアより要約 · 最終確認 2026-05-25。

備考

鹿児島市電において同じ位置にある停留場とバス停の名称はほとんど一致しているが、当停留場名に関しては最寄りのバス停名は「金生町」となっている。これは共同バス停に変更した際、朝日通にバス停が無かったためバス停名のみ「金生町」に変更されたことによる。

出典

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