歴史
谷山停留場は1912年(大正元年)12月1日、鹿児島電気軌道により設置され、当時は国道225号線沿いに設置されていた(現在も電停跡が残っている)。1928年(昭和3年)7月1日に鹿児島電気軌道から鹿児島市電気局(現・鹿児島市交通局)に移管された。1979年(昭和54年)には区画整理に伴い30mほど上塩屋側に移設、1996年(平成8年)3月末にリニューアルが完了し新電停の供用を開始、4月2日にはリニューアルの完成式が実施された。鹿児島市電1系統の終点であり、同じ1系統の起点である鹿児島駅前停留場以外の他の停留場にはない駅舎がある。2012年(平成24年)7月1日、路面電車開業100周年事業の一環として「日本最南端の電停」の標柱が設置された。
歴史は日本語版・英語版ウィキペディアより要約 · 最終確認 2026-05-22。
備考
谷山停留場は日本最南端の路面電車停留場である。Wikipediaの関連項目には日本最北端の停留場として西4丁目停留場(札幌市)、最東端としてすすきの停留場、最西端として赤迫停留場(長崎市)が並べて記載されている。頭端式ホーム3面2線を有する地上駅で、空いているホームから順に使用される。当停留場の北側50メートルほどの国道225号に接する場所には降車専用ホームがあり、すでに2両の電車が停車中にさらに3両目が到着した時に利用される。このホームと本来の乗り場は直接つながっておらず国道にしか出ることができないが、降車ホームの脇田寄りには片渡り線があるため、降車ホームからの直接折り返しも可能で、構内トラブル時の臨時乗降ホームとして使われることもある。永田川を挟んだJR谷山駅とは直線距離にして500m、移動距離にして600m程離れており、2002年度より鹿児島市が当駅からJR谷山駅までの540m延伸計画を調査していたが、2006年4月27日に県道の渋滞を招くなどの理由から断念することを一旦は表明、その後谷山駅から慈眼寺駅周辺の線路高架計画に基づき再検討されている。指宿枕崎線の高架化事業により不要となる永田川橋梁をJR九州より鹿児島市が譲り受け、両駅を結ぶ歩行者・自転車専用道の設置も検討されている。