歴史
筬島駅は1922年(大正11年)11月8日、鉄道省天塩線の音威子府駅 - 誉平駅(現・天塩中川駅)間の開通に伴い一般駅として開業した。1924年に天塩南線、1926年に天塩線、1930年4月1日に宗谷本線へ編入。1949年に日本国有鉄道へ移管、1977年に貨物、1984年に荷物の取扱を廃止し同年11月10日に無人化された。1986年11月に交換設備を廃止し完全無人化、1987年4月1日の国鉄分割民営化でJR北海道に継承された。1980年代後半から1990年代前半にかけて旧駅舎をヨ3500形車掌車を改造した貨車駅舎へ更新。2017年と2020年の存続協議を経て、2021年4月から音威子府村による維持管理に移行している。
歴史は日本語版・英語版ウィキペディアより要約 · 最終確認 2026-05-18。
備考
駅に隣接する旧筬島小学校は彫刻家・砂澤ビッキの作品を展示する「エコミュージアムおさしまセンター BIKKYアトリエ3モア」となっており、駅から国道40号を約2km進んだ場所には松浦武四郎が「北海道」の名を考案したとされる「北海道命名之地」がある。