追分

Oiwake (Hokkaido)

追分
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歴史

追分駅(北海道)は1892年(明治25年)8月1日、北海道炭礦鉄道室蘭線の一般駅として開業し、同時に追分機関庫が設置された。1892年(明治25年)11月1日には追分 - 夕張間の支線(後の夕張線、現在の石勝線)が開業した。1906年(明治39年)10月1日の北海道炭礦鉄道の鉄道路線国有化により官設鉄道に移管された。1918年(大正7年)9月に扇型機関車庫が全焼、1921年(大正10年)9月に再建、1976年(昭和51年)4月13日に再び全焼、1977年(昭和52年)5月10日に再々建された。1984年(昭和59年)2月1日に貨物・荷物扱いが廃止され、1987年(昭和62年)4月1日の国鉄分割民営化によりJR北海道の駅となった。現駅舎(3代目)は1979年(昭和54年)10月17日に一部使用開始、1980年(昭和55年)4月10日に改築落成式を挙行している。

歴史は日本語版・英語版ウィキペディアより要約 · 最終確認 2026-05-22。

備考

もともと夕張への支線の分岐駅は馬追(由仁)を分岐駅とする予定であったが、工事の都合上、当地での分岐に変更され、当駅が置かれたことで現在の追分市街が形成された。「追分」は分かれ道を意味する和語であり、もともと当駅付近は「植苗村アビラ」と称していた。

出典

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