歴史
内灘駅は1929年(昭和4年)7月14日、粟崎遊園の最寄り駅として浅野川電気鉄道の粟ヶ崎遊園前駅として開業した。1945年(昭和20年)10月1日には北陸鉄道が浅野川電気鉄道を合併し、同社の浅野川線の駅となった。1960年(昭和35年)5月14日に約100メートル海側へ移転し、旅客駅として内灘駅へ改称された。1974年(昭和49年)7月8日の粟ヶ崎海岸駅廃止に伴い終端駅となった。2019年(平成31年)2月12日からは金沢市立工業高等学校の生徒が制作した「内灘町歌」のアレンジ曲が発車メロディとして使用されている。第4回中部の駅百選にも選定されている。
歴史は日本語版・英語版ウィキペディアより要約 · 最終確認 2026-06-09。
英語版と日本語版で記述が異なる場合、本項は日本語版の記述に従っています。
備考
1974年(昭和49年)7月8日までは内灘駅の先に臨時駅の粟ヶ崎海岸駅まで1.3kmの路線が延びており、海水浴客の輸送に使われていた。