押上

Oshiage Station

押上
Wikimedia Commons (see file page for author + license)

歴史

押上駅は1912年(大正元年)11月3日、京成電気軌道の東京側ターミナル駅として開業した(当初は東京市電との連絡を見据え1,372 mm軌間で敷設)。1945年(昭和20年)3月10日の東京大空襲で駅舎が焼失したが、1960年(昭和35年)11月29日に京成線の駅が地下化され、同年12月4日には都営地下鉄1号線(現・浅草線)が開業し直通運転の接続駅となった。2003年(平成15年)3月19日には東武伊勢崎線と営団地下鉄半蔵門線の相互直通運転開始に伴い両線の押上駅が開業し、4事業者が集まる駅となった。2004年(平成16年)4月1日の営団民営化で半蔵門線駅は東京メトロに承継された。2012年(平成24年)5月22日には東京スカイツリータウンの開業に合わせて副駅名「スカイツリー前」が導入され、コンコースが同タウン東タワー地下2階と直結した。

歴史は日本語版・英語版ウィキペディアより要約 · 最終確認 2026-05-18。

備考

京成は1920年代に押上から浅草への延伸を計画したが、東武鉄道との競願が原因で「京成電車疑獄事件」を引き起こし計画は頓挫。以後、当駅は長く“都会の盲腸線”の終点となっていたが、1960年の都営1号線(現・浅草線)との相互直通運転開始により都心方面への乗り入れが実現した。

出典

ライブマップで見る → ← 駅一覧