歴史
三条駅は1915年(大正4年)10月27日、京阪電気鉄道の駅として開業した。1912年(大正元年)8月15日には京津電気軌道の三条大橋駅が三条通上に開業しており、1925年(大正14年)2月1日の合併で京津電気軌道が京阪電気鉄道に統合された後、1949年(昭和24年)11月1日に京津線の三条大橋駅が京阪本線三条駅と統合され「三条総合駅」となった。1943年(昭和18年)10月1日の戦時合併で京阪神急行電鉄(阪急電鉄)の駅となり、1949年12月1日の会社分離で再び京阪電気鉄道の駅となる。1987年(昭和62年)4月1日に京津線の停留場を京津三条駅に改称し分離、同年5月24日に京阪本線三条駅が地下化された。1989年(平成元年)10月5日には京阪鴨東線(当駅 - 出町柳駅間)が開業し、京阪本線と京阪鴨東線との相互直通運転を開始、事実上途中駅となった。1997年(平成9年)10月12日に京津線京津三条 - 御陵間が廃止され京津三条駅も廃止、京都市営地下鉄東西線が三条京阪駅として開業し連絡駅となった。駅番号はKH40。
歴史は日本語版・英語版ウィキペディアより要約 · 最終確認 2026-05-22。
備考
駅ホームのカラーリングは、東海道五十三次の終点・大阪ビジネス街とを結ぶ古都の玄関口・そのにぎわい、華やかさにふさわしい染めの伝統色「うすあけ(ピンク)色」が採用された。七条駅 - 出町柳駅の「京都地下駅の色彩計画」が、1992年(平成4年)2月15日 - 第7回『公共の色彩賞-環境色彩10選』(公共の色彩を考える会主催、財団法人日本色彩研究所)に選ばれ、表彰状のレプリカがコンコースに設置されている。