歴史
御影駅は1905年(明治38年)4月12日、阪神本線の開業と同時に開業した。1929年(昭和4年)7月27日に併用軌道から移転・高架化された。1995年(平成7年)1月17日の阪神・淡路大震災で被害を受け、阪神本線運休、当駅も一時営業中止となった。同年2月11日に青木 - 当駅間復旧で営業再開、6月26日に当駅 - 西灘間運転再開で阪神本線全線復旧。2009年(平成21年)3月20日のダイヤ改正で急行の西宮以西の運行が休止となり、当駅には急行が停車しなくなった。2014年(平成26年)4月1日に駅番号HS 25を導入。2016年(平成28年)3月19日に深夜1本の急行が御影行きとなり、区間特急の始発駅が青木から当駅に変更された。2022年(令和4年)12月17日に当駅着の深夜急行が廃止されたが、2025年(令和7年)2月22日のダイヤ改正で同急行が復活し、その後に最終の特急三宮行きが新設された。
歴史は日本語版・英語版ウィキペディアより要約 · 最終確認 2026-05-22。
備考
御影駅のプラットホームは半径140mないし160mの急カーブ上に存在するため構内通過速度は35km/hに制限されており、停車中の車両とホームのすき間が一部広く空いている上にホーム幅員自体も狭く、阪神の駅の中では特に危険な駅といえる。2009年の阪神なんば線開業による近鉄奈良線との相互直通運転で運行される快速急行は当駅を通過する。これは1両あたり21m級の近鉄車両では停車時にホームとの隙間が大きくなりすぎることや、ホーム有効長が短く延伸も不可能であることが理由である。当駅高架下には沢の井という井戸が保存され噴水も設けられているが、阪神・淡路大震災以後は水質などの問題から飲用禁止となっている。駅南側は1986年以降「バレンタイン広場」として整備されている。これは1936年2月12日に当地近傍に本店がある洋菓子店モロゾフが東京で発行されていた英字新聞に「バレンタインデーにチョコレートを贈りましょう」という広告を出したことを根拠とし、神戸市と交流のあるイタリア・テルニ市(聖バレンタインの出身地とされる)から許諾を得てバレンタインの名を冠したものである。