歴史
阪神春日野道駅は1905年(明治38年)4月12日、阪神本線の開業と同時に開業した。当初は現国道2号線の北側の2車線道路のところにあったが、1933年(昭和8年)6月17日の地下線化に伴い一旦廃止、1934年(昭和9年)5月1日に地下駅として新規開業した。1968年(昭和43年)4月7日に山陽電気鉄道が神戸高速鉄道東西線を経て大石駅までの直通運転を開始。1995年(平成7年)1月17日の阪神・淡路大震災で阪神本線運休、当駅も一時営業中止となり、同年2月20日の岩屋 - 神戸三宮間運転再開で営業再開、6月26日に全線復旧した。1998年(平成10年)2月15日に山陽特急の阪神本線乗り入れが三宮までに短縮され、当駅に停車する山陽の列車はS特急と普通のみとなった。2001年(平成13年)3月10日にはS特急と普通の阪神本線乗り入れも三宮までに短縮され、当駅に停車する山陽の営業列車は消滅した。同年11月6日に駅施設の改良工事が開始され、神戸高速鉄道に駅施設を譲渡。2004年(平成16年)9月25日に新ホームの仮使用を開始し西改札口を新設、2005年(平成17年)8月7日にバリアフリー設備・ホーム延伸部の使用を開始、2006年(平成18年)3月27日に改良工事完成、同年10月28日のダイヤ改正で準急の停車がなくなり全優等列車が通過駅となった。2014年(平成26年)4月1日に駅番号HS 31を導入。
歴史は日本語版・英語版ウィキペディアより要約 · 最終確認 2026-06-09。
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備考
1934年から2004年まで、当駅は島式ホーム1面2線の地下駅であり、ホームの幅はわずか2.6 mだった。これは電車の車体の幅(約2.8 m)よりも狭く、「日本一危ない駅」「日本一怖い駅」として全国ネットのテレビ番組で取り上げられたこともある。当初は幅3 m×長さ120 mで建設されたが、その後の車体拡幅によりホームが上下各0.2 m削られて幅2.6 mとなった。ホーム中央のコンクリート柱から端までは子ども1人が両手を横に広げた程度であった。通過電車は当初75 km/hで通過していたが、やがて45 km/hに制限され、駅進入時に警笛を鳴らすようになった。待合用のベンチはホームではなく改札口横の一角に設置され、その場所が待合空間として利用されていた。設置から廃止までの70年間、無事故であった。旧ホームが廃止された背景には、危険の回避、ダイヤ編成上のネックの解消、近隣の工場群跡地のHAT神戸としての再開発があり、再開発期に発生した阪神・淡路大震災で家を失った高齢者が公営マンションに多く居住するようになったことも、バリアフリー化を含めた駅改良の動機となった。旧ホームは安全柵が撤去されて現存し、新ホームや電車内から見ることができる。