歴史
学園前駅は1942年(昭和17年)3月6日、関西急行鉄道奈良線の富雄 - 菖蒲池間に新設開業した。当初は生徒の登下校時のみ電車が止まるようになっていた。1944年(昭和19年)6月1日の会社合併により近畿日本鉄道の駅となった。1969年(昭和44年)に現在の主流である磁気乗車券を使用した自動改札機(日本信号製)が試験導入され、1971年(昭和46年)4月1日に定期券専用自動改札機が供用開始。1972年(昭和47年)11月7日より、無料特急を改称の上新設された「快速急行」の停車駅となり、1976年のダイヤ改正以降は終日停車駅となった。1973年(昭和48年)9月に新設された有料特急の停車駅となる。1999年(平成11年)9月、駅ビル「ル・シエル学園前」の開業に伴い駅舎を改良し、南北を結ぶ自由通路が供用を開始した。2007年(平成19年)4月1日にPiTaPa使用開始、2020年(令和2年)2月20日に1番線の接近・発車の案内放送が更新された。
歴史は日本語版・英語版ウィキペディアより要約 · 最終確認 2026-05-22。
備考
学園前駅は第1回近畿の駅百選認定駅で、副駅名は「帝塚山学園前」。周囲は元々松林ばかりの山地であったが、男子校の新設を望んでいた帝塚山学院(大阪市住吉区帝塚山に所在)と沿線開発を推し進める近鉄の考えが一致し、1941年に帝塚山学園の帝塚山中学校が開校。開校に伴い学園の最寄に当駅が設けられた。近鉄は1950年から駅南隣の住宅地分譲を皮切りに当駅周辺一帯の大規模な街づくりを推進、近鉄による鉄道沿線地域の宅地開発の先駆けとなった。朝ラッシュ時のバス遅延を防止するため、7時15分から8時15分まで(日祝を除く平日)に当駅周辺で交通規制が行われ、駅に通り抜けできる道は駅と逆方向に一方通行、市道登美ヶ丘中町線の一部は二輪・軽車両・バス・タクシー以外進入禁止となる。これは全国的にも珍しい大胆な交通規制で、朝ラッシュ時に15分以上のバス遅延が日常化していた道路事情の悪さが背景にある。