野田

Noda

野田
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歴史

阪神野田駅は1905年(明治38年)4月12日、阪神本線開業に伴い開設された。1914年(大正3年)8月19日に阪神北大阪線が開通、1927年(昭和2年)7月1日には阪神国道電軌の西野田駅が当駅の西方約100m地点に開設された。1928年(昭和3年)4月1日、阪神国道電軌が阪神電気鉄道に統合されて同社の国道線となり、野田駅・西野田駅ともに阪神電気鉄道の駅となった。その後、西野田駅は野田駅に統合された。1961年(昭和36年)7月21日に上り線、11月22日に下り線が高架化され、本線のみ高架駅となって構内で接続していた本線と国道線・北大阪線との線路は分断された。12月8日に高架線建設工事が完成。1975年(昭和50年)5月6日に阪神電気鉄道の軌道線(国道線、北大阪線、甲子園線)全廃。2012年(平成24年)3月20日に区間特急の停車駅となり、2014年(平成26年)4月1日に駅番号HS 03が導入された。

歴史は日本語版・英語版ウィキペディアより要約 · 最終確認 2026-05-22。

備考

野田駅は「自社の最優等種別が止まらない本社最寄駅」という珍しい立地で、阪神電気鉄道の本社は当駅の北側にある。1992年に梅田より阪神の本社が当地へ移転し、同年8月にはショッピングセンターも開業した。跡地は廃止された阪神の路面電車・国道線および北大阪線のターミナルがあった場所である。同じ福島区にJR西日本大阪環状線の野田駅があり同名であるが、約500m離れており乗り換え駅ではない。JR野田駅と接続するOsaka Metro千日前線の駅は玉川駅を名乗り、阪神野田と接続する千日前線の駅は野田阪神駅と呼ばれる。戦後すぐに、当駅から分岐して難波を経由し近鉄鶴橋駅へ至る路線が阪神と近鉄の共同出資「大阪高速鉄道」により計画され軌道特許の申請まで行ったが、大阪市の反対(市営モンロー主義)により実現せず、現在の阪神なんば線・近鉄難波線へと計画変更された。

出典

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