今里

Imazato

今里
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歴史

今里駅は1914年(大正3年)4月30日、大阪電気軌道奈良線開通時に片江駅として開業した。1922年(大正11年)に今里片江駅、1929年(昭和4年)に今里駅へ改称。1937年(昭和12年)3月15日に複線で高架化された。1941年(昭和16年)3月15日に参宮急行電鉄との会社合併により関西急行鉄道の駅となり、同時に線路名称が整理され、奈良線の上本町 - 当駅 - 布施間は桜井線と統合されて大阪線となり、奈良線の起点は布施駅となった。1944年(昭和19年)6月1日の会社合併で近畿日本鉄道の駅となった。1956年(昭和31年)12月8日に複々線化工事が完了し、大阪線上りホームが新設されて、同月21日のダイヤ変更から下り列車を含めて大阪線列車の停車が開始された。1971年(昭和46年)4月1日に定期券専用自動改札機を設置・供用開始、2007年(平成19年)4月1日にPiTaPa使用開始。2024年(令和6年)11月10日に終日無人化された。

歴史は日本語版・英語版ウィキペディアより要約 · 最終確認 2026-05-22。

備考

今里駅は大阪線(D05)と奈良線(A05)の両線が乗り入れる駅で、線路名称上は大阪線のみであるが、複々線を利用して奈良線の列車も乗り入れており、案内上はそれぞれ独立した路線とされている。Osaka Metro千日前線・今里筋線にも同名の今里駅があるが約900m離れており、乗り換え駅ではない。そのため当駅は「近鉄今里駅」と称されることもあり、同線に乗り換える場合は鶴橋駅を利用することになる。開業時は西ノ川橋梁付近から当駅東端まで併用軌道であり、当駅は併用軌道上にあり、市道生野区第1204号線をはさんで運転士が向い合う千鳥式配置であった。1922年9月末までに専用軌道(新設軌道)になり、併用軌道であった西ノ川橋梁を鉄道橋・道路橋に分離している。戦時中は当駅を含む上本町(現:大阪上本町) - 布施間は架線電圧の異なる2路線が乗り入れていたため、大阪線の全列車は当駅を通過する措置を採っていた。戦後の複々線化で奈良線と大阪線が完全に分離され架線電圧の問題が解消されたことで、大阪線の列車も停車可能となった。相対式ホームの間に島式ホームが配置された3面4線の高架駅で、有効長は全面6両編成分である。

出典

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