歴史
河内花園駅は1915年6月15日、大阪電気軌道の「花園駅」として開業した。1932年12月に大軌花園駅、1941年3月の参宮急行電鉄との合併時には関西急行鉄道への移管とあわせて「河内花園駅」へ改称された。1944年6月1日には会社合併により近畿日本鉄道の駅となった。1966年7月にはホームを近鉄奈良方に200メートル移設している。連続立体交差事業に伴う高架化工事は段階的に行われ、2010年5月30日に下り線、2014年9月21日に上り線の高架化が完了した。2007年4月1日にはICカード「PiTaPa」の利用が始まっている。
歴史は日本語版・英語版ウィキペディアより要約 · 最終確認 2026-05-18。
備考
1948年3月31日、生駒トンネルでブレーキ故障のため暴走した上本町行きの列車が当駅構内で先行列車に追突する事故が発生し、49人が死亡した。駅西側のバス乗り場前には慰霊のため地蔵が建てられている。