初芝

Hatsushiba

初芝
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歴史

初芝駅は1898年(明治31年)1月30日、高野鉄道が大小路駅(現・堺東駅) - 狭山駅間で開業した際に「西村駅」として設置された。駅舎・改札は現在の駅舎より50mほど北野田寄りにあった。1907年(明治40年)11月15日の会社合併で高野登山鉄道、1915年(大正4年)4月30日の社名変更で大阪高野鉄道、1922年(大正11年)9月6日の会社合併で南海鉄道の駅となった。1935年(昭和10年)8月1日に「初芝駅」に改称、急行停車駅となり、同時に下りホームを島式2線にし、駅舎・改札をホームの難波側の端に移設、改札と両ホームを地下道で結び、地下道の一部を金網で仕切って自由通路にした。駅前には小さなロータリーが造られた。1944年(昭和19年)6月1日の会社合併で近畿日本鉄道の駅となり、1947年(昭和22年)6月1日の路線譲渡で南海電気鉄道の駅となった。1968年(昭和43年)に急行停車駅から準急停車駅に降格された。年月日不詳ながら駅舎・改札はホーム中央に移設された。2010年(平成22年)には車椅子対応改札機、多目的トイレ設置、ホームの嵩上げ工事完了、初芝立命館高等学校専用臨時改札の撤去が行われた。2011年(平成23年)春には改札とホームを結ぶエレベーターおよびエレベーター利用者専用の地下道が設置され、2012年(平成24年)4月1日に駅ナンバリング(NK61)が導入された。

歴史は日本語版・英語版ウィキペディアより要約 · 最終確認 2026-05-22。

備考

駅は元々「西村駅」として開業したが、1935年(昭和10年)に北東に南海鉄道(南海電鉄の前身)が初めて手がけた分譲住宅地が造成されたのを機に、駅名が社内公募され、貨物の車掌をしていた人が考案した「初芝」が採用され、1935年8月1日に改称された。同年5月15日から売り出されたこの宅地は、南海による田園都市分譲の第一号であった。初芝立命館高等学校跡地付近にあるロータリーはもともと噴水であり、昭和初期に田園都市として開発されたころの名残で、田園都市の面影を残す閑静な住宅地である。

出典

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