歴史
広大附属学校前停留場は1935年(昭和10年)12月27日、宇品線の御幸橋東詰停留場(後の専売局前停留場)から宇品停留場までの区間が新線に移設されたのに合わせて「高等学校前停留場」として開設された。停留場近くには旧制広島高等学校が立地していた。太平洋戦争下の1942年(昭和17年)5月頃にいったん廃止されるが、戦後まもなく1945年8月頃に「皆実分校前停留場」として再開業し、広島大学の組織変更などに伴って1955年(昭和30年)頃に「広大教養部前停留場」、1961年(昭和36年)2月28日に「広大付属高校前停留場」への改称が認可され、1964年(昭和39年)6月10日からは「広大附属学校前停留場」と称している。ホームは併用軌道上に低床式で2面、互いに斜向かいに位置し、南側に広島港方面の下りホーム、北側に広島駅・紙屋町方面の上りホームがある。ホーム長は3両・5両連接車に対応しているが、ホーム幅は50センチメートルほどと狭く、朝夕のラッシュ時には混雑する。1990年代までは安全地帯のない平面電停であった。駅番号はU10。
歴史は日本語版・英語版ウィキペディアより要約 · 最終確認 2026-05-25。
備考
広大附属学校前停留場の名称はわずか80年余りで5回も改称され、旧制広島高等学校・新制広島大学・附属校(小・中・高)への組織変遷を反映している。停留場名は「広大附属学校前」だが、近隣のバス停は「広大附属高校前」、停留場の前の交差点は「広大附属校前」と、現地の案内表記が3者でそれぞれ異なる。