歴史
下関駅(しものせきえき)は、山口県下関市竹崎町四丁目にある、西日本旅客鉄道(JR西日本)・九州旅客鉄道(JR九州)・日本貨物鉄道(JR貨物)山陽本線の駅。JR九州の駅番号はJA53。1901年(明治34年)5月27日に山陽鉄道が厚狭駅から延伸し、終着駅として当時の赤間関市内(現行経路より東へ曲がって海沿いに到達する形で、細江町に位置)に開業した。開業当初の駅名は「馬関駅(ばかんえき)」で、赤間関の略称「馬関」に由来する。1902年(明治35年)6月1日の市名改称に伴い下関駅へ改称、関門連絡船(九州方面)・関釜連絡船(朝鮮半島方面)の発着拠点となった。1912年(明治45年)に日本初の特別急行列車が運行を開始し、当駅は日本と中国・ヨーロッパを結ぶ国際連絡運輸の拠点ともなった。1906年(明治39年)12月1日の山陽鉄道国有化により国有鉄道の駅となり、1942年(昭和17年)7月1日に関門トンネルが開通。1987年(昭和62年)4月1日の国鉄分割民営化以降、当駅はJR西日本とJR九州の境界駅で、当駅より神戸駅方面がJR西日本、門司駅方面がJR九州の管轄、駅構内はJR西日本管轄でJR西日本下関総合車両所運用検修センターがある。山陽新幹線開業に伴い昼行優等列車が全廃され、最後の九州ブルートレイン「富士・はやぶさ」が2009年(平成21年)に消滅したことで当駅発着の定期優等列車はすべて廃止された。
歴史は日本語版・英語版ウィキペディアより要約 · 最終確認 2026-06-09。
備考
下関駅は1901年(明治34年)5月27日の開業以来、九州方面の関門連絡船と朝鮮半島方面の関釜連絡船の発着拠点として機能した。1942年(昭和17年)7月1日の関門トンネル開通後、連絡船は徐々に縮小され、1964年(昭和39年)10月31日に関門連絡船が廃止された。