歴史
宗太郎駅は1923年(大正12年)12月15日、鉄道省が宗太郎信号場として開設した。日豊本線の南北工事区間が結ばれた当日にあたり、宮崎本線と豊州本線(豊州線)が連絡して全線が日豊本線となった節目の地である。1947年(昭和22年)3月1日に駅へ昇格して宗太郎駅となり、1968年に業務委託駅化、1972年3月30日には荷物扱い廃止と同時に無人駅となった。1987年4月1日の国鉄分割民営化でJR九州に承継。大分県佐伯市宇目大字重岡の山間部にあり、小倉起点231.0km地点、大分県最南端のJR駅である。停車する普通列車は2024年3月改正時点で1日下り1本・上り2本のみとなっている。
歴史は日本語版・英語版ウィキペディアより要約 · 最終確認 2026-05-22。
備考
1日平均乗車人員が1人未満という秘境駅でありながら、観光列車「36ぷらす3」では土曜日ルート「緑の路」の特別停車駅として、市棚駅とともにホームへの降り立ちが認められている。