歴史
本線は国の計画として生まれた路線ではなく、相模鉄道(法人としては現在の相鉄ホールディングス)によって建設された。建設の目的は、神奈川県中央部を縦貫して東海道本線と中央本線とを連絡することと、相模川で採取した砂利を輸送することの二つであった。1921年(大正10年)9月28日、最初の区間として茅ケ崎駅 - 川寒川駅間(4.0マイル、約6.44キロメートル)が、砂利運搬用の寒川 - 川寒川間支線とともに開業した。その後、1922年に寒川 - 四之宮間の砂利支線、1926年4月1日に寒川 - 倉見間、同年7月15日に倉見 - 厚木間が延伸され、1931年4月29日に厚木 - 橋本間が開業して全通した。
「相模線」という路線名は合併に由来する。1943年(昭和18年)4月1日、東急の主導により神中鉄道と相模鉄道が合併した際、相模鉄道の路線(現在のJR相模線)と旧 神中鉄道の路線(現在の相鉄本線・相鉄厚木線)を区別するために「相模線」の名称がつけられた。「相模」は相模鉄道に由来するもので、旧国名に直接由来するものではない。
太平洋戦争中の1944年(昭和19年)6月1日、茅ケ崎駅 - 橋本駅間と、相模海軍工廠につながる寒川駅 - 四之宮駅間が戦時買収私鉄として国有化された。国有化の理由は、戦時体制のもと都心が攻撃された場合に備え、八高・横浜・相模の各線で迂回ルートを確保するためであった。陸運統制令に基づく買収区間は35.3キロメートルで、価格は390万円であった。
戦後も相模線は長く非電化のローカル線にとどまった。1964年頃に相模川での砂利採取が禁止されて貨物輸送が激減し、1971年度の収支係数は374に達した。これは関東地方の国鉄線の中で鹿島線(634)、木原線(459)に次ぐ第3位の赤字であった。1984年3月31日には寒川 - 西寒川間の支線が廃止された。
現在の姿は1987年(昭和62年)4月1日の国鉄分割民営化を契機とする。同年3月21日に海老名駅が開業し、1991年(平成3年)3月16日に全線が電化されて、当線のために新製された205系500番台電車が営業運転を開始し、気動車の運用は終了した。電化により速度が向上し、運行本数は約1.5倍に増え、横浜線八王子方面への直通運転も復活した。これにより神奈川県は、当時鉄道のなかった沖縄県を除き、定期の気動車旅客列車が存在しない日本初の県となった。
現在は全列車が線内運転の各駅停車で、日中は約20分間隔、ラッシュ時は約15分間隔で運行される。2021年11月18日にE131系500番台(4両編成12本、計48両)が営業運転を開始し、2022年3月12日のダイヤ改正で全列車がE131系によるワンマン運転に統一され、横浜線への直通運転は終了した。全線が単線のため列車交換による待ち時間が生じ、所要時間は橋本方面で約49分から73分、茅ケ崎方面で約46分から67分と幅がある。終点の橋本駅はリニア中央新幹線の停車駅(神奈川県駅)となる予定であり、寒川町倉見地区には東海道新幹線の新駅誘致の動きもあるため、地元からは行き違い施設の増設や複線化などの要望があるが、莫大な費用が見込まれることからJR東日本の具体的な動きはない。
年表
- 192128 September: the Sagami Railway opens the first section, Chigasaki to Kawasamukawa (4.0 mi / ~6.44 km), with a gravel branch to Kawasamukawa; built to haul Sagami River gravel and to link the Tōkaidō and Chūō main lines.
- 1926Samukawa–Kurami opens 1 April; Kurami–Atsugi opens 15 July.
- 193129 April: Atsugi–Hashimoto opens, completing the through route to Hashimoto. The Samukawa–Kawasamukawa gravel branch is closed on 1 November.
- 19431 April: the Jinchū Railway and Sagami Railway merge; the name 'Sagami Line' is adopted to distinguish it from the former Jinchū route (now the Sōtetsu Main Line).
- 19441 June: nationalised as a wartime-purchased private railway. The Chigasaki–Hashimoto and Samukawa–Shinomiya sections (35.3 km) are purchased for ¥3.9 million to secure a wartime bypass route.
- 1964Gravel extraction from the Sagami River is prohibited, sharply reducing freight traffic.
- 1971FY1971 operating coefficient of 374 — third worst among JNR lines in the Kantō region, behind the Kashima Line (634) and the Kihara Line (459).
- 198431 March: the Samukawa–Nishi-Samukawa branch (1.5 km) closes; Nishi-Samukawa Station is abolished.
- 198721 March: Ebina Station opens. 1 April: JNR is privatised and the line transfers to JR East.
- 199116 March: the whole line is electrified; 205-500 series EMUs (built specifically for the line) enter service and diesel railcars are withdrawn. Through service to the Yokohama Line resumes.
- 202118 November: E131-500 series four-car EMUs (12 trainsets, 48 cars) enter service.
- 202212 March: timetable revision unifies all services as one-man E131-500 operation and ends through service to the Yokohama Line (Hashimoto–Hachiōji).
出典
事実確認日:2026年6月3日
ギャラリー 6枚
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