歴史
庄内駅は1951年(昭和26年)5月15日、地元からの請願駅として三国駅 - 服部駅(現・服部天神駅)間に新設開業した。開業当時は大阪府豊能郡庄内町であった。1956年(昭和31年)2月2日には庄内事件が起こり、電車が運休した。1966年(昭和41年)には駅直下を通り駅の東西を結ぶ地下道が開通し、改札も地上から当該地下道に移設された。2013年(平成25年)12月21日に駅番号(HK-42)が導入された。
歴史は日本語版・英語版ウィキペディアより要約 · 最終確認 2026-05-24。
備考
庄内駅は現在、宝塚線急行通過駅では最多の利用客数の駅であるが、昭和期にはピーク時には阪急全線でもトップクラスの利用を誇っていた。1970年頃には大阪府内で当駅より利用者の多い駅は梅田・十三程度しかなく、宝塚線の三国駅以北では豊中・石橋・池田などを差し置いて最多、京都線の茨木市・高槻市などをも上回っていた。1968年のピーク時と比較すると現在の数値は半分以下となっている。