浜松

Hamamatsu

浜松
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歴史

浜松駅は1888年(明治21年)9月1日、鉄道局による浜松 - 大府間の官設鉄道線開通により、その終点として開業した。1889年(明治22年)4月16日に静岡まで延伸し、新橋までの既存線と直結したため途中駅となった。1895年(明治28年)4月1日の線路名称制定で東海道線(1909年に東海道本線に改称)の所属となる。1926年(大正15年)12月12日に洋風の2代目駅舎が完成したが、1945年(昭和20年)6月10日の浜松空襲で焼失し、1948年(昭和23年)10月15日に木造2階建の3代目駅舎が完成した。1964年(昭和39年)10月1日に東海道新幹線が開業し、乗換駅となった。当初、新幹線と在来線ホームは跨線橋により連絡していた。1970年(昭和45年)3月15日に新幹線ホームが16両対応に延伸、1971年(昭和46年)4月26日に貨物取扱業務の一部が新設の西浜松駅に移管され、1976年(昭和51年)10月1日に貨物の取扱を全廃した。1979年(昭和54年)10月15日に東海道本線の高架化が完成し、駅は新幹線ホームと一体化、1980年(昭和55年)10月1日からは新幹線「ひかり」が停車を開始した。1987年(昭和62年)4月1日の国鉄分割民営化によりJR東海の駅となった。1988年(昭和63年)5月1日には浜松駅ビル「MayOne(メイワン)」が開業。1992年(平成4年)11月14日に在来線改札口、1998年(平成10年)3月7日に新幹線改札口に自動改札機を導入。2008年(平成20年)3月1日に東海道本線でICカード「TOICA」の利用が可能となった。

歴史は日本語版・英語版ウィキペディアより要約 · 最終確認 2026-06-09。

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備考

1949年から1953年にかけ、当駅は東京方面の電気機関車と名古屋方面の蒸気機関車との付け換えが行われる電化区間境界の駅であり、長い停車時間からホーム上でのラジオ体操や、1951年から始まった日本楽器製造(現・ヤマハ)によるハーモニカの立ち売り「ハモニカ娘」といった駅の名物が生まれた。1953年7月の浜松 - 名古屋間電化完成で機関車交換駅の役割は終わったが、「ハモニカ娘」は1969年まで営業を続け、当時の楽曲や映画にも取り上げられた。

出典

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