歴史
明石駅は、1888年11月1日に山陽鉄道の兵庫駅 - 当駅間の開通と同時に開業し、12月23日に姫路駅まで延伸された際に途中駅となった。1906年に国有化、1909年の線路名称制定で山陽本線所属となった。1934年に須磨 - 当駅間で電気運転を開始し、1964年に高架化されて駅は西へ約160m移転した。1995年の阪神・淡路大震災では一時営業休止、1月23日に営業再開した。2003年にICOCA、2018年に駅番号JR-A73が導入された。2023年度の1日平均乗車人員は46,507人で、山陽本線の単独駅としては最多である。
歴史は日本語版・英語版ウィキペディアより要約 · 最終確認 2026-05-18。
備考
明石駅コンコースのシンボル「明石ポン太」は信楽焼のタヌキ像で、1981年の初代から数えて現在は四代目。三代目は2019年に後頭部が破壊されゴミ箱代わりに扱われたため交代した経緯がある。